すぐセフレーニアに近

childishgut

2016年07月08日 18:03

「それこそが戦争のやり方というものだ。だがサラシはお気に召さんかもしれんな。何としてもアニアスを裁判にかけたいようだったから」
「連れてきてもよかったんだが、あまり人前に出せる状態じゃなかった」とアラス。
「どっちが殺した?」
「実のところ、アザシュが殺したんですよ、陛下」ティSCOTT 咖啡機ニアンが説明する。「ゼモックの神はオサとアニアスにひどく失望しましてね。それで二人を処分したんです」
「マーテルはどうした。それにアリッサ王女と、私生児リチアスは」
「マーテルはスパーホークが殺しました」とカルテン。「リチアスはアラスが首を打ち落として、アリッサは毒をあおぎました」
「死んだのか」
「だと思います。置き去りにしてきたときには、かなり効いてSCOTT 咖啡機開箱るようでしたから」
 そこへヴァニオンがやってきて、まっづいた。二人の秘密は――二人が互いにどう思っているかということは誰の目にも明らかだったので、これはほとんど意味のない秘密だったが――ここに公然と明かされるに至った。二人はどちらにも似つかわしくない激しさでしっかりと抱き合い、
ヴァニオンは何十年来愛しつづけてきた小柄な女性の頬に口づけした。

「あなたを失ったと思った」ヴァニオンの声は感動に震えていた。
「あなたを置き去りにしないことはわかっているでしょう、ディア」
 スパーホークはかすかな笑みを浮かべた。セフレーニアが誰に対しても使う〝|愛しい人《ディア》?という呼びかけは、本当に〝愛しい人?であるヴァニオンへの想いを隠蔽するためのものだったのだ。同じ言葉であっても、ヴァニオンに向けられるときとそれ以外では、大きな隔たりがあるようだった。
 ゼモックへ向かったあとの事情の説明はなかなか詳細なものだったが、話しぶりは控え目で、また神学的な論争になりそうな点はすべて慎重に取り除かれていた。
 そのあとウォーガンが酔いの回った大声で、ラモーカンドとペロシア東部の国境地帯におけるこの間の出来事を話して聞かせた。西方諸国の軍勢は進軍が始まる前にカレロスで立案された作戦に従ったらしく、またその作戦はきわめてうまく運んだようだった。
「というわけで、いよいよ本格的な攻撃にかかろうというとき、あの臆病者どもは尻尾《しっぽ》を巻いて逃げ出しおったわけだ。どうして誰も余と戦おうとせん?」ウォーガンの口調は悲しみに沈んだ。「こうなれば、ゼモックの山の中まででも追いかけていってやる」
「何のために?」セフレーニアが尋ねる。
「何のために? 二度とやつらが国境を越えてこないようにだ」ウォーガンはわめき、椅子の上でぐらつき、横に置いた樽からジョッキにもう一杯エールを満たした。
「なぜ兵士の命を無駄にするのです」セフレーニアは重ねて尋ねた。「アザシュは死にました。オサも死にました。ゼモック人は二度とやってこないでしょう」
 ウォーガンは教母を睨《にら》みつけ、テーブルに拳《こぶし》を叩きつけた。
「レンドー人も一掃させてもらえなかった! ことを仕上げる前にカレロスに呼び戻されたのだ! この上ゼモック人まで取り上げられてたまるものか!」その目が虚ろになり、ウォーガンはゆっくりとテーブルの下に滑り落ちて鼾《いびき》をかきはじめた。
「おまえのところの国王はおそろしく単純な目的意識を持ってるなあ」ティニアンがアラスに言った。
「ウォーガンは単純な男だ。一つ以上のことは同時に考えられない」アラスは肩をすくめた。
「わたしもカレロスまで同行しよう、スパーホーク。ウォーガンに軍を引かせるようドルマントを説得するのに、役に立てるかもしれない」ヴァニオンが言った。もちろんそれはヴァニオンの本当の目的とは違う、ただの口実だったが、スパーホークは疑念を口にしたりはしなかった。
 翌朝早くカドゥムを発った騎士たちは甲冑を脱ぎ、鎖帷子と短衣《チュニック》と厚い上着に着替えていた。それで目に見えて速度が上がるということはなかったが、旅は多少とも快適なものになった。雨は連日降りつづき、陰気な小糠雨《こぬかあめ》が世界からいっさいの色を洗い流してしまうかのようだった。季節は冬の終わりのいちばんうっとうしい時期で、決して温かくなることはなく、またすっかり乾燥することもなかった。モテラを通過し、カダクを越え、川を渡って普通駆足《キャンター》で南のカレロスへ向かう。ある雨模様の午後、一行はとうとう、戦に荒廃した聖都を見下ろす丘の上に到着した。
「まずドルマントを探し出すことだな」ヴァニオンが言った。「使者をカドゥムまでやってウォーガンを止めるには、しばらく時間がかかる。ゼモックのほうはもう道が乾きはじめているはずだ」ヴァニオンは咳《せ》きこんだ。湿っぽい、嫌な咳《せき》だ。
「大丈夫ですか」スパーホークが尋ねる。
「風邪を引いたんだろう」
 カレロスへの入城は、英雄の帰還というわけにはいかなかった。パレードもなく、ファンファーレもなく、花を投げて歓呼する群衆もいない。実際のところ、一行の顔を見分けた者さえほとんどいないようだった。飛んできたのは花ではなく、通りかかった建物の窓から投げられた生ごみだった。マーテルの軍勢がいなくなってからも、修理や再建のほうはちっとも進んでいないようだ。カレロスの市民はみじめな様子で瓦礫の中に座りこんでいた。
 一行は旅の汚れも落とさずに大聖堂へ向かい、まっすぐ二階の執務室に向かった。
「総大司教猊下に緊急の報告がある」ヴァニオンが豪華なデスクの前に座った聖職者に声をかけた。相手の男はしきりに書類を繰って、自分を大物に見せようとしていた。
「申し訳ないが、お話になりませんな」男は顔をしかめて、ヴァニオンの泥に汚れた服装に目を向けた。「サラシは今、カモリア国代表の司教の方々と重要な会談中です。軍隊関係のどうでもいい用件で、お邪魔をするわけにはまいりません。明日もう一度おいでください」
 ヴァニオンの鼻梁が白くなった。騎士団長はマントをうしろに跳ねのけ、剣の柄をまさぐった。だが事態が血なまぐさいものになる前に、エンバンがその場を通りかかった。「ヴァニオン? それにスパーホークか? いつ戻ってきたんだ」
「たった今着いたところです、猊下。ただ、われわれの身許について疑問があるようでしてね」とヴァニオン。
「わたしが来たからには心配いらん。中に入ってくれ」
 受付の男が反論した。
「ですが猊下、サラシはカモリアの司教方と会談中です。ほかにもお待ちいただいている代表団の方々がたくさん――」エンバンがゆっくりとふり向くと、男は口を閉じた。
「これはいったい何者だ」エンバンの質問は、天井に向けてなされたかのようだった。それから大司教はデスクの向こうの聖職者を見つめた。「荷物をまとめたまえ。明日の朝一番でカレロスを発ってもらう。暖かい服をたくさん用意しておくといい。サレシア北部のフスダル僧院は、この時期にはとても寒いからな」
 カモリア国の司教たちは即座に退席をうながされ、エンバンはスパーホークたち一行を部屋の中に招き入れた。中ではドルマントとオーツェルが待っていた。
「なぜ連絡しなかった」ドルマントがなじるように言った。
「ウォーガンがやってくれると思ったものですから、サラシ」ヴァニオンが答える。
「そんな重要な連絡を託せるほど、ウォーガンが信頼できると思っているのかね。まあいい、どうなったんだ」
 スパーホークはときどきほかの者たちの助けを借りながら、ゼモックへの旅とそこで起きたことを説明した。
「クリクが?」話の途中、ドルマントは愕然として声を上げた。
 スパーホークはうなずいた。